「俺が、私が、若かった頃は…」昔語りや武勇伝で指導するマネージャーは嫌われる

武勇伝なんて聞かされても…

どんな場所に行っても、どんな会社に入っても、必ずと言っていいほど存在するのが、”武勇伝マン”。

「俺が若い頃はこんなに辛かった」

「私はこんなに苦しい思いをしながら働いてきた」

「昔はこのくらいで泣きごとなんて言ってられなかった」

自分が辿って来た辛くて苦しい道を、つらつらと、さもカッコいいことのように語ってくる人です。

皆さんの周りにも一人や二人、そんな人っていませんか?

私は何度も目にしてきました(ボソッ…)

 

いや、気持ちはよくわかります。

私も含めて、どんな人でも辛い思い、苦しい思いをしながら仕事に取り組んできたんです。

そりゃ、昔語りくらいしたってバチは当たらないでしょう。私もたまにはそんな話を聞いてもらいたいなぁ…なんて思うことだってありますから。

 

でもですね。

それを部下や後輩の指導に利用してしまうことは、ちょっと違うんじゃないでしょうか?

そんな話を聞かされて、強要される部下や後輩は決して良い思いをしません。それどころか、求心力を失ってしまう大きな原因にすらなってしまうこともあります。

武勇伝を引っ張り出して指導をしてしまうと、お互いにろくなことにならないんです。

武勇伝はどう使うか?

実を言うと、武勇伝を語ることを否定したいわけではありません。

問題はその武勇伝をどう聞かせるかにあります。

 

たいていの場合、部下の指導に武勇伝を語る”武勇伝マン”はこうやって話を聞かせようとします。

「俺が若い頃は、もっと大変だったんだ!だからこのくらいのことで泣きごと言うんじゃない!」

…聞いたことありませんか?

自分が辛かったこと、苦しかったことに照らし合わせて、それを強要している典型的なパターンです。

これをやっている店長などのマネージャー職、または先輩は確実に嫌われています。理由は言われなくてもお察しですよね。自分に置き換えてみてもらえればすぐにわかると思います。

 

けれど、昔語りの武勇伝マンの中には、部下や後輩に慕われている人もいるのです。

一体どうやって?と思いますよね。

それは、こんな語り方だからなんです。

「俺が若い頃は、もっと大変だったんだ。だから君らには同じ思いを味わって欲しくはない」

自分が辛かったこと、苦しかったことを語るところは同じです。

でも、その後が全く違いますね。

嫌われるタイプは、自分と同じことを強要しようとしています。それらを正当化して、もっとやれ!という感覚なんです。

ですが、慕われている人たちは、自分と同じことを強要しようとはしません。

むしろ、自分と同じ思いをさせないように改善に向けて動いていこうとしているのです。

 

前者が停滞だとしたら、後者は前進とでも言いましょうか。

パッと見、2つは似ているようで、全く違う使い方なんですね。

『この人のために頑張ろう』と思えた人

昔、私が『この人のために頑張ろう』と思えたある人がいました。

その人は、こんなことを語っていたんです。

「昔、俺が若かった頃は、こんなに辛い想いをしながら働いてたんだよ。でも、あれと同じことをやってちゃ、これから先の人たちは俺と同じ想いをすることになる。だから、その気持ちを知ってる俺が変えていかなくちゃいけなんだよね」

正直、感動でした。

これまで出会ったほとんどの人たちは、自分の辛い想いを語ってはそれを強制して、私に浴びせかけてきました。どれだけ辛い想いをしてきたかを延々と語っては、それと比べて今の私の状況は楽だとでも言わんばかりに。

けれど、この人は全く逆だったんです。

自分が辛い経験をしているからこそ、その経験を後進にはさせたくない。

もっと楽に、もっと楽しく働いてもらうための方法を模索し続けていたんですね。

その想いを聞かされたときに、私の心は大きく動かされたんです。

 

あなたにも同じように、辛い経験、苦しい経験はあるはずです。

それがどのくらいのものなのかは、他でもないあなた自身が一番よく知っているでしょう。

その経験をもって、部下や後輩にどんな語り方をしますか?

同じ想いを味わわせるために、強制しますか?それとも、もっと気持ちよく楽しく働いてもらうために語りますか?

どちらを求めている人が多いかは言うまでもありませんよね。

 

あなたの指導する人たちが、過去よりも働きやすくなることを心から願います。